「いってらっしゃーい。しっかり勉強してきてね」
ぱたぱた手を振られ、照れる。
店長……毎日こんな可愛い見送りしてもらってるのか。羨ましい。
「行ってきます」
「はーい。早く帰ってきてね」
遥さんに手を振り返して、背を向ける。
エレベーターを待ちながら、今日の夕食はなにかなと考える。
昨日はグラタン。一昨日はとんかつ。
「うーん」
エレベーターに一人だったもので、唸って、腕を組む。
そうこうしてると、ポケットで携帯電話が震えて、メールの受信があった。
開いてみると、遥さんだ。
『今日の夜は、さんまです。OK?』
さんま。
そうか、そろそろ、美味しくなってくる時期だ。
OKですと返信をすると、しばらくして、また遥さんからのメール。
題名に、『頼める?』と見え、何かと思えば本文に、買い物リスト。
了解とメールを返し、ポケットに携帯電話を突っ込みながら、ちょっと同棲カップルみたいだと思ってしまった。
すると、脳裏に甦る店長の声。
「ハルに手ぇ出したら、シメルから」
店長の恋人に手を出す気は元々、さらさらナイですよ。
でもそんなマジな目で見つめないでください。
背筋が、思い出すだけでも粟立った。
自分が無理矢理、居候させ始めたクセに。
あ、改めまして、私、今、店長とハルさんの愛の巣に、居候してます。
「金本さんと顔合わせると、辛いし、どうせ、ときめくんでしょ。だったらウチにしばらく居なさい」
店長の家に泊まった翌朝、朝食をいただきながら言われた。
遥さんも便乗して、生きた攻略本なら大歓迎、とか優しい目で言うし、ついホロっときて申し出を受け入れてしまった。
たまに、着替えとか勉強道具を取りに帰るくらいで、自宅に寄り付いていない。
まぁ、ペットも飼ってないし、いい機会だから、スッパリ忘れるまで、店長と遥さんににお世話になることにしたのだ。
また何日か経って、今日は私も店長もラストまで働く日だった。
そういう日は、車に乗せてもらって一緒に店長宅まで帰る。
仕事を終え、スタッフルームで店長に声をかけた。
「店長、帰り家に寄るんで、先帰っててください」
「ん? じゃあ乗せてったげるわよ」
「いいんすか?」
「そんな心の狭いひとに見えるのかしら?」
「見えません。店長の心の広さは天下一です」
私たちの会話を着替えながら聞いていた太郎君が、ぼそりと言った。
「お二人、デキてんですか?」
「は?」
「お?」
目が点の私。
なんか楽しそうな店長。
まぁ確かに、会話を聞く限り、そんな感じに聞こえなくもないけど、違う!
私が否定するより早く、店長がにやにやしながら口を開いた。
「そうよー。アタシたち、一緒に暮らしてるの。こないだもねぇ、すーちゃんがおいしいサンマ買ってきてくれたんだから」
いや嘘は言ってないけど、違うでしょう! その言い方! 問題ありますよ!?
「そうなんですか。お幸せに」
「違う違う! 太郎君違うよ!?」
「知ってます」
「ええっ? どゆこと!?」
「雀さんの反応で大体分かります」
わたわたしてると、店長が意地悪そうな笑顔で言う。
「すーちゃん、からかわれてるのよ」
「……太郎君、いつの間にそんな店長みたいな遊び覚えたの…」
がっくりうなだれると、太郎君にチョコを握らされた。
「ごちそうさまです」
太郎君が唇の端で笑った。
なにか!? 私はリアクション芸人!? 君らのオモチャではないですよ!?
「最近…なにかと太郎君がチョコくれるんですよねー」
店長の車で私の家に向かいながら、もらったチョコを手の中で転がす。
「そりゃたっちゃん、すーちゃんの事心配してたもの。太らせたいのよ」
……やるなぁ、太郎君。
そんなこと考えてたなんて、気付かなかったよ。
「今度お礼になんかあげようかなぁ」
「ハンカチでいいんじゃない? 最近、持ち逃げが増えたって嘆いてたわよ」
持ち逃げっていうか、あれでしょう。
男物のハンカチを貸すと、太郎君ファンがソレをゲット。自分の趣味のハンカチを買って返す。
そういう人が増えて、使えるハンカチが少ないってことでしょ?
さすがに、フリルがついたハンカチを太郎君が差し出すわけにはいかない。
「じゃあハンカチにします」
いつもどんな感じの使ってたっけと思案した。
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